2008年05月27日

「ご都合主義」はどこまで許されるのか

「ご都合主義」的な展開、アニメや漫画を始めとしたサブカル系の作品だけではなく、この世界に存在する全てのシナリオや物語には、程度の差こそあるものの必ず含まれている。あればあったで敬遠されがちだが、無ければ無かったで面白味に欠けてしまう可能性もある。ご都合主義が許されるボーダーラインというのは、一体どこにあるんだろうか。

御都合主義 - Wikipedia

ご都合主義とは - はてなダイアリー

マンガなどでの「ご都合主義」とは何でしょうか?また、皆さんがご都合主義だと思... - Yahoo!知恵袋

確かに、ご都合主義的な展開が極端過ぎる所為で、全体的につまらなくなってしまってる作品、というのも少なからず存在するだろう。しかし、ご都合主義的な内容のおかげで、長い間人気を保っていられた作品だって少なからず存在する。中には、ご都合主義的でなければ、物語として成立しないものだってあるのだ。これは、少年少女向けの漫画やギャルゲーなんかが良い例で、ご都合主義的だからこそ面白いという典型だろう。まぁ、実際にその作品が面白いかどうかは、漫画家やシナリオライターの技量や力量にもよるわけだけど。

確かに、見たり触れたりする側の人たちを飽きさせないためには、ご都合主義的なものに頼らず、斬新さを求める事だって必要だろう。しかし、あまりにも斬新すぎるが故に、かえって全く受け入れてもらえなかった、なんて事になってしまう可能性だってある。ご都合主義的なもの、すなわちいわゆる「マンネリ」が持つ力というのは想像以上に強く、意外と侮れないものなのだ。これは、かつてのドリフターズのコントやヒーロー番組なんかが良い例で、マンネリのおかげで長い間人気を保ち続けていられた典型だろう。まぁ、実際にそれが見ていて面白いかどうかは、脚本家や放送作家の技量や力量にもよるわけだけど。

よくよく考えてみれば、ご都合主義がどこまで許されるのか、どこにボーダーラインを置くかなんていう話し合いは、とてつもなく無粋でとてつもなく滑稽な事なのかもしれない。そもそも、それが面白いかつまらないかなんて「十人十色」、「蓼食う虫も好き好き」なんて云う様に人それぞれであって、誰でも共通の明確な基準なんて存在しない、というかあってはいけないものなのだ。確かに、作品自体のクォリティを保つためなら、ある程度のライン引きはしょうがないのかもしれない。だが、それは必要最低限で十分なのであって、必要以上にボーダーラインで囲ってしまうのは、作品のクォリティ云々以前の問題だ。それに、必要最低限のライン引きでも、「どこまで許すか」ではなく「どれだけ許容するか」の方が重要ではないだろうか。現在、日本中で頑張っている作家たちの創作意欲を失わせない、という意味でも。

【関連する記事】
posted by ACE-MAN at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | サブカル全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
情報商材インフォカート専用アフィリエイトで稼ぐツール
           
マイクロアドBTパートナーでおこづかいゲット!